SaaSの事業運営に欠かせない「バリューチェーン」とは?

近年、マーケティングや営業の分野で「バリューチェーン」「分業モデル」「THE MODEL」といった言葉が飛び交っています。バリューチェーンの概念自体は30年以上前から存在していたのですが、SaaSビジネスが注目を浴びている中で改めて注目されるようになりました。

 

今回は、そんなSaaSのビジネスモデルを理解する上で重要な「バリューチェーン」「SaaSの組織構造」「営業の分業体制」について、メリットや分析方法を中心に解説します。

バリューチェーンとは?

バリューチェーンは直訳すると「価値の連鎖」を意味します。企業が行う一連の事業活動を機能別に分類し、それぞれのプロセスにおいて製品や事業活動に価値(バリュー)を加えていくという考え方です。

 

「バリューチェーン」という言葉は、マイケル・E・ポーター氏が1985年に発行した著書『競争優位の戦略』の中で初めて使われました。

 

「ポーターはバリュー・チェーンの活動を主活動と支援活動に分類した。主活動は購買物流 (inbound logistics)、オペレーション(製造)、出荷物流 (outbound logistics)、マーケティング・販売、サービスからなり、支援活動は企業インフラ、人材資源管理、技術開発、調達から構成される。」

引用:Wikipediaより抜粋

 

上記を可視化すると下図のようになります。

画像の一連の事業活動をプロセスで分割したものが「バリューチェーン」です。

 

このバリューチェーンを自社内部分析のフレームワークとして活用し、個々のプロセスの付加価値や競合と比較した際の強み・弱みなどを分析する手法を「バリューチェーン分析」と呼びます。事業戦略の有効性や改善の方向を探ることを目的として、製造業やBtoC企業で広く活用されてきました。

SaaS企業のバリューチェーン構造

では、SaaS事業におけるバリューチェーン構造を考えてみます。実は、多くのSaaS事業では分業制の組織体制が構築されているため、SaaSは組織構造そのものが「バリューチェーン」となっているのです。

 

実際にSaaS企業で働いたことのある方や、SaaS企業への転職を考えていて求人票を見たことがある方などはご存じかもしれませんが、SaaS企業では売上を立てるビジネスサイドの組織構造が分割されています。いわゆる「営業部」という大きな括りではなく、「マーケティング」「インサイドセールス」「フィールドセールス」「カスタマーサクセス」という4つのプロセスに分割して構成されているのです。(下図)

日本で「営業」といえば、ターゲットリストの作成から商談のアポイント取り、商談、受注後の顧客対応まで、顧客接点の全てを1人の担当者がカバーしていました。

 

しかし、案件の追客と新規顧客の開拓を1人で同時に行うとなると、負担が大きい上に効率も上がりません。契約を多数獲得して受注後の案件を多く抱えると、さらに新規案件を獲得する工数をおさえられなくなることもあります。

 

リズムの異なるさまざまな業務をバランス良くこなすのは難しく、どうしても新規顧客のアプローチよりも受注目前の顧客の対応や提案書の作成の方にリソースを割いてしまう方が多いです。

 

また、最終的な売上や商談数、受注数などの数字のみの指標で営業活動をチェックしていると、業績が良くないときに、何が原因でどのような対策を打てばいいのか判断できません。

 

このような課題を踏まえて作られたバリューチェーンが上記のような構造です。「営業」と一括りにされていた活動を4つに分解し、それぞれのプロセスを担う組織を作ります。分業制にすることで事業の管理・運営が行いやすくなり、また各自が専門業務に集中できるため生産性の向上にもつながるのです。

多くのSaaS企業が目指す分業体制のフレームワーク「THE MODEL(ザ・モデル)」

上記で図示したマーケティング〜カスタマーサクセスまでの分業を、SaaS業界では「THE MODEL」と呼びます。THE MODELとは、世界に先駆けてクラウドサービスを展開したセールスフォース・ドットコム社で活用されてきた「営業の分業体制」のフレームワークです。

 

近年急激に増えているSaaS企業の多くで、このTHE MODEL型の営業プロセス・組織構造が採用されているので、SaaS業界を志望している方は抑えておきましょう。

 

セールスフォースでは、THE MODELを「顧客の成功を追求するための組織体制の仕組み」と位置づけ、マーケティング、インサイドセールス、フィールドセールス、カスタマーサクセスの各部門間が連携して、一貫した顧客対応をとる体制が整えられています。

  • 市場調査等からターゲット選定を行い、見込み顧客(リード)獲得を担うマーケティング
  • マーケが獲得したリードに対して架電して商談設定を行うインサイドセールス
  • 商談を実施して契約獲得を担うフィールドセールス
  • 契約後のお客様に製品活用を促し、お客様を成功に導くカスタマーサクセス

 

以上の4つのプロセス・組織で成り立つ体制です。

 

米セールスフォース・ドットコム社で学んだ分業体制を日本に浸透させた福田康隆氏によるTHE MODELの解説書『THE MODEL』では、営業プロセスを4つに切り分ける「分業」のメリットを解説し、各プロセスを担当する部門間でいかに連携していくかという「共業」の方法論を見出しています。

 

大抵のSaaS企業がこのTHE MODELに倣った組織構成をしており、求人情報もこの組織別に出されています。SaaS業界以外からSaaS業界への転職を志望される方は、ご自身のキャリアやウィルがどの部署に特にマッチしてそうかを見極めておくと良いでしょう。

バリューチェーンとサプライチェーンの違い

バリューチェーンと似た言葉に「サプライチェーン」という言葉があります。こちらは「サプライ」つまり供給の連鎖となるので、資材を加工したり組み立てたりする「ものの流れ」に着目した考え方です。流れの終着点にいる顧客や消費者に製品が届くまでの流れを表したものをサプライチェーンといいます。

 

一方でバリューチェーンは「価値」の連鎖なので、生産プロセスごとに製品に価値が加わっていく様子に着目しています。

営業を分業体制にするメリットデメリット

THE MODELを採用して営業を分業化するメリットとデメリットを紹介します。主なメリットは下記の2つです。

 

  • 営業プロセスのボトルネックが見える
  • 個人の専門性を高めやすい

 

反対に、デメリットは下記の通りになります。

 

  • 他部門の連携と情報共有の重要性

 

それぞれ詳しく見ていきましょう。

営業プロセスのボトルネックが見える

1つ目が営業プロセスのボトルネックを発見できるという点です。企業という大きな枠組みで見ると、今月の売上目標に対して実績で達成できたのかが重要となりますが、売上という数値だけを追っていてももっと伸ばすための課題は見えてきません

 

営業をプロセスに分解して、

 

  • リード数(見込み顧客数)
  • 商談数
  • 契約数
  • 売上単価
  • リードタイム
  • 契約更新率
  • アップセル金額

 

などの指標を見えるようにすることで、現在どこに課題があって伸び代があるのかを正確に見定められるようになります。

個人の専門性を高めやすい

SaaSのバリューチェーンの基本構造である「マーケティング」「インサイドセールス」「フィールドセールス」「カスタマーサクセス」は、いずれも専門性が高く、役割も実務内容も大きく異なります。

 

これらを兼任するとなると組織の生産性が悪くなる上、それぞれのプロフェッショナルが育ちにくくなるでしょう。しかし、分業化すればそれぞれの担当業務に集中できて、専門性を高めやすくなります。

 

例えば、インサイドセールスなら1日に数十件の見込み顧客と会話をすることで、未経験者でも製品知識やヒアリング能力などの基本的な営業スキルを身に付けられるでしょう。

また、フィールドセールスはインサイドセールスからどんどん商談が回されてくるため、クロージングのスキルを徹底的に磨けます。

 

部門ごとにプロセスを分担して受け持って与えられた目標値を追うことで、それぞれの専門性が高まって効率が上がるのです。

他部門の連携と情報共有の重要性

一方、THE MODELのデメリットは部署間の情報格差や温度感の差異が生まれてしまうことです。

 

例えば、フィールドセールスは新規獲得の売上を担っている部署なので、いかなるお客様であれ契約が取れれば目標を達成できます。しかし、後工程となるカスタマーサクセス部署のことを考えると、しっかり課題を抱えていて製品によってサクセスする可能性の高いお客様のみ契約を獲得してほしいのです。

 

それぞれ分業されているからこそ、個別のKPI・目標に応じて個別最適化されてしまいがちというのがTHE MODELのデメリットといえます。そのため、分業体制をしっかり機能させていくには、部署感の連携・情報共有をこまめに行うことが大切です。

 

部署を超えた連携のMTGを設定したり、横串のプロジェクトを発足させたり、メンバー間でビジネス組織全体に関わる課題についてディスカッションしたり、などコミュニケーション量を増やしてみると良いでしょう。

 

また、前述した『THE MODEL』では、この解消法の糸口として、”それぞれの担当指標を追いながら部門間の関係を良好に保つには、共同で作業をすることによって達成可能な共通の目標を持つことが有効である。” と言及されています。

 

その共通の目標こそがSaaS事業でもっとも大切な「顧客の成功」です。

繰り返しになりますが、SaaS事業のビジネスモデルは「顧客の満足度を高めてサービスを継続してもらうこと」つまり「顧客の成功=自社の利益」となっています。

 

共通目標に対して共同作業をする感覚をもって業務にあたるには、各プロセスにおける顧客・商談情報の一元管理や部門間でのフィードバックが重要になります。情報の一元管理にはSFA/CRMといった商談管理/顧客管理システムの活用が有効です。SaaS企業では活用されていないところがないくらい主要なITツールですので、覚えておきましょう。

 

⇒【SaaS企業】インサイドセールスはITリテラシーが必須|応募する上で最低限理解しておきたいツール3選!

各段階の成果を高めるならバリューチェーン分析

バリューチェーンの考え方を事業成長にうまく生かすためには、バリューチェーン分析が必要となります。バリューチェーンを可視化して現状を分析し、どこに伸び代があるのかを明確にするバリューチェーン分析によって、今の事業に何が必要なのかを明らかにしていきましょう。

バリューチェーン分析のメリット

バリューチェーン分析を行うことによって、以下の3つのメリットを得られます。

 

  • 自社の強みと弱みが分かる
  • リソースを最適化してコストを削減できる
  • 競合他社との差別化ができる

 

各メリットをそれぞれ解説していきます。

自社の強みと弱みが分かる

自社がお客様に価値を提供するまでの流れが目に見えるようになるので、どこでうまく価値を提供できていて、逆にどの部分がまだまだ弱いのかが明らかになります。ビジネスはお客様に提供した価値への対価で成り立つものなので、自社の強みと弱みを把握しておくことが非常に重要といえます。

リソースを最適化してコストを削減できる

バリューチェーン分析によって強みと弱みが明確になると、何が今の事業成長にとってボトルネックかも明確になります。現状うまくいっている部分はコストについても現状維持をしながら、ボトルネックとなる部分にリソースを多めに配分したりと、リソースの調整やコスト削減につながります。

競合他社との差別化ができる

バリューチェーン分析によって、競合他社との差別化もより詳細に行うことが可能です。

バリューチェーンの各プロセスごとに競合他社と比べて何が優れているのか、劣っているのかを明確にすれば、各プロセスでどのように競合を意識して差をつけるべきなのかが分かります。

バリューチェーン分析の方法

では、バリューチェーン分析の方法について見ていきましょう。バリューチェーン分析は下記の流れで行います。

 

  • 自社のバリューチェーンを洗い出していく
  • コストを分析する
  • 強み・弱みを分析する
  • VRIO分析をする

 

ステップごとに詳しく解説していきます。

自社のバリューチェーンを洗い出していく

まずは自社の事業に関わるあらゆる活動をリストアップしていきます。リストアップする対象は、企画・開発、製造、物流、営業、PR、マーケティングなどの全てです。これらを生産から消費までの一連の流れにプロットし、直接価値提供に関連している「主活動」と「支援活動」に分類しましょう。

コストを分析する

分類が完了して流れが明らかになったら、次に各プロセスでどのようなコストがかかっていて、どのようなリターンが得られているかを明確にしていきます。

強み・弱みを分析する

プロセスとそこで使用しているコスト・リターンが明確になった上で、目標との乖離がどこにあるかを把握しましょう。目標・事業計画と比べてみたり、競合と比較してみることによって、どこがあなたの事業にとって強みで、どこが弱みなのかが分かります。

VRIO分析をする

VRIO分析の「VRIO」とは、Value(価値)・Rareness(希少性)・Imitability(模倣可能性)・Organization(組織)の頭文字を組み合わせたものです。

 

各プロセスにおいて、以下の点を考えていきます。

 

  • そのプロセスで付与されるValue(価値)は何か
  • そのプロセスにRareness(希少性)はあるか
  • そのプロセスはImitability(模倣可能性)は低いか
  • そのプロセスを遂行するOrganization(組織)は明確か

 

このフレームワークになぞって各プロセスを深堀することによって、どこを伸ばしていくべきかが把握しやすくなります。

まとめ

以上、SaaS業界を中心にバリューチェーンについて解説しました。「売上」のような最終的なゴール・目標だけを追っていては何が課題なのかを正確に測りづらいため、バリューチェーンのようなプロセスの分解と深堀が重要となります。

 

バリューチェーン分析を効果的に行うことで、最適なリソース・コスト配分を行いながら事業成長に的確なアクションを見つけていきましょう。今後SaaS企業への転職を考えている方などは、ぜひ記事を参考にしてみてください。また、サムライソウルではSaaS企業への転職サポートも行っておりますので、お気軽にご相談ください。

 

\/
無料で転職相談をする